2日間通しての結果は全敗。
ただ、全敗だから書くのをためらっていたわけではない。
U12の試合だし、11人制はあまり経験がない。練習もしていない。なので別に全敗でもかまわないと思うし、思っていた。 技術面で劣るのは仕方のないことだ。
悩んでいたのは、書くならば試合結果や試合内容のことではなく、姿勢に感して書かなくてはならないと思っていたからだ。書くならば・・・。
ボールは自分だけのものではない
ピッチでボールを持った時・・・そのボールを扱えるのはその人だけだ。
では、その人は何をやっても良いのだろうか。
答えは、「Yes」 であり「No」である。
やろうと思えば何でもできる。
最終的に決めるのは監督でもなく観客でもなく自分だから。
ただ、考えて欲しい・・・、そのボールはどうやって自分の所にきたのかを・・・。
自分で相手から奪い取ったのかもしれない。しかし、大半は仲間からつながれたものではないだろうか。
そうやってつながれたボールをやすやすと失っていいのだろうか・・・。
失わずに確実に次へつなげる選択肢は無かっただろうか。
もちろん、リスクをおかして挑まなければならない場面は必ずある。
しかし、本当に今がその時だろうか。
最後に選択するのは自分だが、そのボールにはピッチに立ている選手だけではなく、応援している仲間の思いが詰まっていることを忘れてプレイすることは許されない。
失敗をした仲間は敵なのか
少なからず誰しもミスはする。
ミスをしない選手がいたとしたら、一方的にゴールが量産される試合になるはずだ。
少なくともそんな試合は見たことがない。
ミスはミスとして認めなくてはならない。
しかし、それは誰かに責められるためではなく、次に同じミスをしないように何が問題だったのかを考え、そして練習するためだ。
だから、ミスは責めるものではない。
誰かがミスをしたら・・・、その仲間に文句を言う暇があったらフォローして全員で挽回すればいい。
文句をいうのではなく、仲間が次は頑張ろうと思う声をかけた方がいい。ミスをする前にミスをしないように教えてあげた方がいい。
それがチームじゃないだろうか、それが仲間じゃないだろうか。
日本代表の前回のワールドカップでは、直前でコンディションを崩したり、戦略変更のために出場機会が減ってしまったベテラン選手が、愚痴の一つも言わずサポートをしっかりすることで、チームの雰囲気が良くなり一致団結できたという。直接は関係しないかもしれないけど、いまの日本代表が成長し続けている理由の一つが、そういった意識が前回のワールドカップから続いているからだと思っている。
成長するためには、技術だけではないということを学ばねばならない。
ミスを認めないことも良くないが、ミスを責めることがプラスになるとは思えない。
自分だけが頑張っていると思うのは大きな勘違いだ。
他の選手、ピッチに立てない選手、監督、コーチ、お父さん、お母さん、全ての関わる人が目標のために持っている力で頑張っている。
ラグビーじゃないけれど、一人が全員のことを、全員が一人のことを思い、そして考えるべきではないだろうか。
自分勝手なサッカーで勝てるほど、この先は甘くない・・・。
0 件のコメント:
コメントを投稿